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江戸の大川(隅田川)べり



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紅皿慕情を歩く

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都庁前、新宿中央公園内の山吹の里伝説の像

 紅皿と言えば「山吹の里伝説」の主人公ですね。

 七重八重
  花は咲けども 山吹の
    実のひとつだに なきぞ悲しき
                 (兼明親王)
 江戸城主、太田道灌と山吹の里物語です。他人のブログですが、興味ある方は「山吹の里」をクリックしてください。

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西向天神社

 大田道灌没後、山吹の里伝説以降、紅皿は、ここより西の大久保に庵を作って晩年を送ります。尚、紅皿の伝墓所は、この神社の左隣にあります。

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 この大聖院駐車場の看板が目印で、ここを入れば右手です。

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  「山吹の里」伝説の地と、道灌馬懸けの松(三代目) 

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 甘泉園隣の水稲荷神社境内。

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山吹の里の石碑

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山吹の里の石碑は、この橋(都電面影橋電停下車)を渡ったオリジン電気入口にある。

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太田道灌と紅皿の山吹伝説の情景を伝える「久遠の像」(都庁前中央公園北側)

 ともかくも東京は太田道灌なのだ。小生が幼い頃には、秋に大東京祭というのが東京都の主催で行われ、道灌と紅皿をあしらった花電車(装飾された都電)が都内を走り、大そうな祭りが開催されていた。東京は、大田道灌が最初に作った城下町だからだ。その後に徳川家康が入り、次第に大都会となっていく。
 現在でも、皇居(旧江戸城)内には、道灌が作った濠が残されており、その名を「道灌濠」という。一般公開されてないのが残念だ。
 ともかく大東京の功労者は太田道灌なのだ!、べらぼうめ!w。

ハイジア (新宿区歌舞伎町)の桜

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樋口一葉記念館

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樋口一葉記念館(台東区竜泉)住居跡

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樋口一葉ゆかりの地を訪ねる

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桜木の宿時代(東大赤門前法真寺脇)

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